仕事辞めたい

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「こんな仕事すぐ辞めたい!」劣悪なブラック企業で働いていた人達の体験談まとめ。

「仕事を辞めたい!」と思ったら、こちらの体験談を読んで参考にしてください。

エピソード1.私が十四年間勤めた会社の幹部達は、見事なくらいある意味で粒揃いでした。

なぜ、14年間もあいだため息連発の会社で働いていたのか自分でも不思議です。 もう少し若かったならば、きっと後ろ足で砂を掛け辞めていたでしょう。

当初は本社・支社合わせて80名程の社員とかなりの数のパート従業員が働いていました。 食品製造が主な柱でしたが様々な分野にも手を広げていましたので、近隣では割りと知られていたと思います。

何が問題だったのかはズバリその企業体質にありました。 ワンマン社長のトップダウンで全てが動いていましたから、大きく失敗をして初めて方向修正がなされるという繰り返しでした。 いつの時代の話かと呆れる場面も度々だったのです。こんな調子でしたから年々厳しい状態になっていったのは言う迄もありません。

たとえ社長がそうであっても、幹部から進言の一つや二つあっても良さそうなものでしたがそれは皆無でした。

期待しても無理と諦めの境地になってからは随分と精神的には楽になりました。 一つ一つのエピソードを上げていけばキリがありません。これほど従業員を愛していない会社も珍しいわと思ったのを覚えています。

社員の給料は上がるどころか手当類の見直し等で年々少なくなっていくのに、 噂では幹部連中の年俸は驚く程の高額だと聞きました。 社長は金に物を言わせてイエスマンを育てていたのでしょうか。 自分が賢いブレーンに恵まれていない事に気付くべきでしたが、ついに身体を壊し常務にその席を譲る事になりました。

小さな会社のお家騒動はともかく、現場で働いている私達にとって大変だったのは慢性的な人手不足でした。 来る日も来る日も残業では若い人は直ぐに辞めていきます。

あんな日々をよくもまァ我慢したものだと自分でも感心してしまいますが、あの時間がせめて全くの無駄では無かったと思いたいです。

エピソード2.責任感に惑わされて休日出勤があたりまえに。塾業界のブラック企業での体験談

私は以前、塾業界に勤務しておりました。しかし休みをほとんど取ることができず、心身ともに疲弊してしまい辞めることを決心しました。

今回はその経緯を書きたいと思います。事の発端は教室運営をしていた担当者からの電話でした。

「○○君は日曜日が休みだと思うんだけど、日曜日にしか指導ができない高校3年生の受験生がいるんだ。指導を始めると休みがなくなってしまうが、 受験生も勝負時だから短期間だけ我慢してくれないか。」

高校3年生は受験にとって大事な1年であることは十分理解していますし、短期間だけという条件ならという思いもあり了解しました。

無事その生徒は合格できたのですが、休日出勤は終わりませんでした。

「○○君の他に教えられる先生がいないんだ。」という言葉に対して、何とかしなければという今思えばおかしな責任感に惑わされて仕事を続けた結果、 休みなしの状態が当たり前になってしまいました。

最後の方では教室運営者も私に休みがないのを当たり前のことだと思い、休日でも時間が空いていると遠慮なしに指導を入れてくる様になりました。

教育という仕事に携わっている方々は生徒のために必死に頑張る責任感の強い方がほとんどだと思います。

しかしそういった先生方をこき使う心無い人間も存在することを知っておいて下さい。

エピソード3.業績急上昇中の飲食店でのひどい人間関係。パワハラ以上でした。

中途採用である飲食業界に就職しました。業績もうなぎのぼり、将来も安心と思っていた頃、研修で現場体験に行きました。 業務中はしっかり声を出し合い和気あいあいと活気ある職場でホッとしてました。

休憩時間になったある日、休憩室でとある社員の方と一緒になりました。 その方は仕事辞めたいとぶつぶつ下を向きながらつぶやいてました。 耳を立てて聞いているとお風呂にも数日入ってない、もうこんなところ嫌だと言っていました。

他の上司やアルバイトの方も休憩室に入ってきました。 すると、上司がその社員に向かって休憩中の昼飯をわけろと言い出しました。私は思わず「えっ?」となりました。 見ていると、辞めたいと言っていた社員の方がなぜかご飯をわけています。

周りも周りです。誰1人その人を止めようとはせず見てみぬ振りです。その光景に違和感を感じると共にゾッとしました。

こんな仕事場もあるんだ、自分の研修が終わったら同じ立場になるかもしれない。そう思って不安になりました。

ブラック企業というより、その店舗の人間関係がおかしかったのかもしれません。 ですが、とにかくもうここでは働きたくないと思い、試験期間中でしたが私はすぐ退職しました。

こんな職場も世の中にはあります。

エピソード4.週6勤務で22時退社はざら。新人の退職で仕事量がふえ、退職届を突きつけました。

2年前に私が勤めていた会社のことです。別の会社で契約社員として勤めていたのですが、会社事情でリストラされてしまい、焦って就職活動した際に一番最初に内定をもらえたのがこの会社でした。

メーカーで夏場が繁忙期の受発注業務を担当していました。同じ業務担当しているのが4人いました。

そのうちの1人が繁忙期のさなかかなり強引に退職してしまい、後任担当を何人か採用したのですが、なにしろブラックなのですぐに退職していまい、仕方なしに引き継ぎを受けたのが運の尽きでした。

中小企業なので、人数はギリギリのところで回していて、繁忙期の夏場は週6勤務で朝は8時から17時までなのですが、夜は22時に退社するなんてことはざらにありました。 もちろん残業代は1円も出ません。タイムカードはその時間の通りに打刻するのですが、その通り支給されたことは一度もありませんでした。

そんなギリギリの状況で、退職する人の引き継ぎを全て受けてしまったので大変なことになりました。 その人が新人であまり業務量を多く持っていなかったのが不幸中の幸いでしたが、仕事量が1.5倍になり、日付が変わっても退社できない日々が約3か月ほど続きました。

上司にも何度か抱えた仕事も振り分けようとしたのですが、「なんで私が?」と言われてもう心が萎え、やらなければならない仕事をこなしていて、 仕方なしに残業しているのに、陰で小言を言われるようになり、精神がズタズタになり、自分でも精神的におかしくなっていることに気づいたので、退職しました。

退職する際には、役員一同に会議室に押し込められ、こんこんと引き止められました。 退職届を破られること4回目でようやく退職することができ、今はホッと安堵しています。

あのままあそこにいたら、いずれ精神病棟に入院する羽目になっていたかもしれません。それを思うと、本当によかったと思います。

エピソード5.アパレルは華やかな一方で一日中立ちっぱなし。仕事内容はブラックです。

私は現在31歳で専業主婦をしています。私は24歳の時に転職をしてとあるアパレル企業に中途入社しました。

私は大学生の時からアパレルの販売員のアルバイトなどをしていて接客はとても好きでしたし、 自分の提案したコーディネートをお客さまに喜んで買って頂いた時には非常に嬉しくてやりがいを感じました。

私が当時アルバイトをしていた企業は労働時間もしっかり管理されていて残業代などもしっかり出ていたので、 それが当たり前だと思っていましたし私が転職先として選んだ企業もそのように労働条件をのせていたのですが、 実際に入社してみると全然話が違いました。

まず毎日30分前には出勤して掃除とかをするのは分かるのですが、 昼出勤などの時も30分前には出勤してきて何かの引き継ぎをするわけでもなくすぐ売り場に立ち接客に入ります。

そして帰りの時間も毎日30分以上残業が当たり前のようにあり、 またセール時期などになれな一日中仕事をしている状態なのですが休憩時間は1時間しかなく、 残業代がつくかつかないかはその店の店長によって決まるというような待遇でした。

アパレルはとても華やかそうな仕事内容に見えますが、 実際は一日立ちっぱなしの肉体労働であり、とても身体的にしんどくて私は結婚を機に退職しました。

エピソード6.ブラック企業からの退社がなかなか出来な

私は依然タバコのルート配送を行っていました。仕事はスーパーなどのタバコの自動販売機にタバコを補充して回るという簡単な作業でした。 この会社は社長と事務の女性、そして私の3人で行っていました。

外回りは私が主に行い、事務処理などを社長と事務の女性が行っていました。 外回りの仕事は数種類のルートを週2回ずつ回るのですが、定時に終わる事がなくいつも夜の23時頃かかっていました。

ある時、私の住んでいるマンションの近くで社長の車を見かける様になったのですが、 どうも事務の女性が近くに住んでいたらしく、そこに通っている事に気付きました。 私が遅くまで配送を行っている間に男女の関係になっていたみたいです。

最初は見て見ぬ振りをしていたのですが、3人しかいない会社で私以外の2人がそんな風になっていることに耐えられなくなり退職を決意しました。 もともと社会保険もなく、就業規則もない会社だった事もあり、自然な流れでした。

しかし社長に退職の意思を伝えてのですが、「代わりの社員が入るまで待ってほしい」との事。 これまでの恩義もあり了承したのですがこれが間違っていました。

給料を減らされ(仕事量は変わらず)、また一向に新しい社員を入れなかったのです。 面接に来てもくだらない理由で採用せず(顔が仕事出来なさそう、暗いからなど)2年ほど待たされたのです。

何人かを雇用しても、試用期間に難癖をつけ、脅すため皆すぐに退職していきました。 退職届を出してしっかり対応していれば辞められたのですが、当時の私はそれを知りませんでした。

幸い社長の息子が勤め先の会社をクビになったため入社する事になり、私の仕事を引き継がせ辞める事が出来ました。 息子がクビになっていなかったらと思うとぞっとします。

その後は別の会社に入社したのですが、社会保険や就業規則がある事が当たり前でしたし、 退社も1か月前に伝えることで問題なく辞める事が出来ました。

私の無知が原因ではありますが、ブラックな会社がある事を身を以て学ぶ事が出来ました。